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本と書評

【本の紹介・書評】『アイデアの接着剤』(水野学)

著者の水野学氏は、NTTドコモの「iD」、中川政七商店のブランディング、東京ミッドタウンなどを手がけているアートディレクター。

本書のPrologueでは、「アイデアを生み出した」ことは一度もないと述べ、自分の仕事はアイデアのかけらとかけらをくっつけること、「アイデアの接着剤となること」、と表現しています。

アイデアのかけらは、「ありふれた情報」や「ガラクタのごとき雑多な知識」といった、「転がっているときは、まったく目立たないことが多い」ものであり、それゆえに役立たないものと見なされ、ほとんどの人が拾おうとしていない、というような指摘を行っています。

そして、「冴えない地味なかけらが、あるかけらと組み合わせると、俄然、生き生きとする」、「意外なかけらとかけらの組み合わせから、思いがけないアイデアは生まれます」などの言葉で、アイデアのかけらを拾い集めることの価値を表しています。

どのように情報・知識を収集しているかについては、具体例が挙げられています。「ペプシコーラの仕事を頼まれたと仮定」して、アイデアのかけらの集め方が述べられていますので、部分的に引用しながら、私なりにごく簡単にまとめてご紹介します。

まず著者は、「言葉でテーマをつくって、しばらくの間、自分の中に置いておく」ことを説明します。そしてペプシコーラの場合、言葉でつくるテーマは、「若い、コーラよりちょっと甘い、ポップ、アメリカ」になるといいます。これを、「心のどこかに置いておく」。

すると、歩いているときに、「スケボーをしている少年たちを見ただけで、「横ノリ感、ゆるいファッション」というアイデアのかけらを拾え」るといいます。「普段なら何も感じなくても、目に留まる」そうです。

このテーマのことなど忘れて飲んでいるとき、ミュージシャンの友人が「客席って、ライトが強いと全然見えないんだよ」と話すと、あるシーンが浮かんでくる。このシーン描写は割愛しますが、観客のノリの悪さに気づいているが客席はライトのまぶしさで見えていないミュージシャン、という設定で描かれたシーンです。そのシーンは「あくまでアイデアのかけら」で、自分の携帯電話にこうメモするそうです。「観客がペプシを飲んでいる。ミュージシャンだけそれに気づかない」と。そのシーンを絵ではなく言葉でメモする理由も述べられています。

携帯メモを二日後に見返して、「ミュージシャン? ああ、音楽雑誌を見てみるか」というようにして、アイデアのかけらを収集して、育てていくそうです。「そのうちに、いくつかのかけらがゆるやかに連動し、やがてつながっていく。それを接着してアイデアとする」と著者はこの話をまとめます。(本書では、もっと丁寧に説明されています。)

アイデアのかけらを集めるところをご紹介しましたが、これは話題の一つであり、本書ではコミュニケーションにたいする自身の見解や仕事における思考法などを披露しています。著者の仕事論といえる一冊です。

単行本は2010年、文庫版は2014年に出版。(単行本を読んでレビューを書きました。)

初出:2025年03月13日