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本と書評

【本の紹介・書評】『文章の書き方』(辰濃和男)

『文章の書き方』
岩波新書
著者:辰濃和男
出版社:岩波書店
出版年:1994年3月

ベストセラーになった本ということを知り、手にとりました。

本書の著者紹介によると、辰濃和男氏は、朝日新聞社にて「ニューヨーク特派員, 社会部次長, 編集委員, 論説委員, 編集局顧問を歴任」。1975〜88年、『朝日新聞』のコラム「天声人語」を担当していたそうです。

このような経歴をもつ著者が、文章を書くうえでの心得を述べています。技術論も記されていますが、心得に重点が置かれ、多様な切り口で「文は心である」というメッセージを読者に送っています。

さまざまな書き手の文章を引用しながら、心得を論じていくのが本書の特徴で、話題は多岐にわたります。

たとえば、作家の資料集めの事例や著者自身の資料整理法を紹介して、書くための準備の大切さについて述べています。

現場を見ることの重要性については、記者が現場を踏むことによって書けた臨場感あふれる記事の例などを交えて紹介されています。現場を踏む際には、先入観を持たないことが大切であることも、複数例を挙げて具体的に示されます。

相手に伝えたいという情熱を持つことによって、「相手の立場に立つという心の営みが生まれ」、それが「平明な文章を書くための、いちばんの基本」だと著者は考えています。この話題では、「平明な文章の極致」として、戦時中の沖縄で殺気立ったアメリカ兵に銃を突きつけられた状況で発せられた言葉が紹介されます。本書の中でもっとも私の心に残った圧巻のエピソードでした。

〝圧巻のエピソード〟という言葉が浮かんだところで脳裏に甦ったのは、「紋切型の表現」への戒めです。こう述べています。「紋切型の表現は、よほど戒めないと、ぽろぽろこぼれ出てきてしまうのです」と。「新聞にも紋切型の歴史」があるとのことで、それにも触れています。

センチメンタリズムへの戒めもあります。これは「均衡(1)ーー文章の後ろ姿」という章に登場します。

「均衡(2)ーー社会の後ろ姿」では、ひとつのものを違った角度から見ることが必要であると指摘されます。こんな記述があります。「少数意見、反対意見を許容する社会は、ふところが深い」。以下に、もうひとつ引用します。

ここでわざわざ「均衡(2)」の章を設けたのは、私たちのなかに、いちじるしく均衡を欠く心の傾きがあるのではないかと考えるからです。そういう心の傾きを見つめることは、自分の文章を見つめることでもあります。少なくとも私は自分にそう言い聞かせてきました。

ジャーナリストとしての著者の思いが感じられる章です。

「選ぶーー余計なものをそぎおとす」という章では、書くためのたくさんの材料を仕込み終えたあと、その中から何を選び、何を削るのかという過程の重要性と難しさが語られています。この章は、つぎのように締めくくられています。

何かを選び、何かを削る。そこには結局、あなた自身のものの見方、生き方、世の中についての見方が現れます。文は心なのです。

本書では、文章のジャンルを問わず、文章を書くうえで大切にすべき普遍的なことが述べられています。それでも、最適な読者層はジャーナリスト志望の方ではないか、という印象を持ちました。著者の経歴がそう思わせたのかもしれません。

初出:2025年03月15日